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2007年4月20日(金)産みの苦しみ
「生みの苦しみ」と言えば、出産時の苦しみから転じて、モノゴトを始める時の苦しみを言うわけだが、私は先日、語源のほうの苦しみ「産みの苦しみ」(に似たようなもの)を体験した。

出産というのは、スイカを鼻の穴から出すようなものだとか、
10ヶ月の便秘が解消されるようなものだとか、
麻酔なしで出口の端をチョンチョンとはさみで切られることなどというのは、
出口が広がるくらいならどんどん切って欲しいし、
だいたい、いつ作業されたのか(他が痛いので)全く気づかないとか、
恐ろしい言葉で描写されるのが常である。
とは言うものの、多くの人が体験していることであるし、
何時間(何十時間)かはかかるにせよ終わりのあるものであり、
医者がついていてくれるのだから、
何とかやってやれないものではないのだろう、
というのが、これまでの私の出産に対する考えだった。
(もちろん、死産などもあるわけだが、ここでは、母子ともに健康である場合のことを言っている)

私は出産のことをナメていたと思う。
たとえ、どんなに多くの人が経験していることであれ、
たとえ、いつか終わるものであれ、
たとえ、専門家の指示に従いながら行うことが出来るものであれ、
鼻の穴からスイカを出す苦しみというのは、鼻の穴からスイカを出してみた人でなければ、
到底理解できない苦しみなのだ、ということを心から理解した。

簡単に言うと、それは便秘が解消されたことから起きた。
もちろん10ヶ月もの間を便秘していたわけではなく、
ほんの数日のことで、便秘がちな体質のため、それくらいでは薬も飲んでいなかった。
ある朝、ものすごく自然な感じの便意がきたので、嬉々としてトイレに入った。
ところが、便座に座ると、便意はあるのに何も出でこない。
激しく水分がなくなってしまっていて、かなりカチカチな状態になり、
出口のところで動けなくなっているようだ。
普通、そういう場合には、腸を移動している時に腹痛があるのだが、
前述したように、便意は至って健康的なものだったから、
その勢いで威勢良く踏ん張ってみた。

そして、本当にビックリした。

(スイカとは言わないが)まあるいミカンを鼻の穴からだしているような感覚があり、
おしりの穴が薄く広がってそのままパリパリっと裂けてしまうのではないか!
というくらいの痛みが走ったからである。
穴の周りがぱんっぱんっになっているのまで感じられる。
本来、バナナのような形を取るべきものが、ミカンのように平均的に丸くなってしまったようで、
どこをどう考えても、すんなり出てくるとは思えなかったのだけれど、
じーっとしたり、涙を浮かべながら踏ん張ってみたりを40分くらい続けた結果、
身体をまっすぐに保てないくらいのかなりの痛みとともに無事にミカンを出産することが出来た。

出産中にギャーギャーと叫んで、
「あなた、少しうるさいですよ」と看護婦さんに注意されてしまう妊婦さんがいるようだが、叫ぶくらいいいではないかと、今の私は思う。
実際的な痛さに加えて、肌が裂けるかもしれないという恐怖と、
出てこなかった場合にはどうなるのか?(出てこない可能性の方が大きく感じられる)という恐怖が、ギャーという音となって出てくるのであろうと推測する。

私が一番怖かったのは、この「出てこなかった場合にはどうなるのか?」ということだった。
みかん如きであれほど痛くて苦しくて怖いのだから、
スイカだったらどうなってしまうのか、、、、と思う。

キッカケが便秘だったというのは情けないが、 何となくではあっても、出産のものすごさというものを身体で感じ、自分の腹を痛めて産んだ子はかわいい、というその意味が多少なりとも分かったと思う。
私には、妊娠/出産することよりも育てることのほうが難しく恐ろしいものだろうという考えがもともとあり、 (妊娠については、前からすごいことだと思っていたが、ここではその内容は割愛する) 加えて、子供というものは、産める人が産み、育てられる人が育てればいいだろう、という考えもある。
それは、養子のことばかりを言っているのではなく、社会全体で産み育てていく、というような、もっと広い意味でのことだ。
今回、ミカンを出産したことにより、人が生まれて育っていく全てのプロセスに対してすごいことだと思った結果、それはやはり、「社会全体で産み育てていく」こと以外には考えられないと改めて思った。
その辺にいる誰であれ、何年か何十年か前に、誰かが鼻の穴からスイカを出した結果なのだ。
大切にされてしかるべきだと思う。


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